梅鉢と菅原道真について。

梅鉢と菅原道真について

梅紋って!? 学問の神様「菅原道真」を祀った社紋

ミサンガに梅紋様をあしらってありますが、そのゆえんをご説明しましょう。
梅といえば、そう、学問の神様、菅原道真を祀った天満宮の社紋なのです。

太宰府天満宮

道真候(845〜903)は、学者の家系に生まれ、18歳で律令制度の科目のひとつ「進士」の試験に合格、23歳でさらに上級の「秀才」に合格して文章(モンジョウ)博士となりました。この国家試験は八世紀から十世紀にかけてわずか六十五人しか合格しなかったという超難関の試験だったそうで、その才を遺憾なく発揮して順調に出世し、55歳で右大臣に上り詰め、学者、文人それに政治家として多方面の卓越した能力を発揮した人物でした。この事から「学問の神様」「受験の神様」と言われる事になったのは、なるほどとうなずけます。 しかし、その異例の出世が、権力者藤原氏の激にふれ、延喜元年(901)に失脚し、北九州の太宰府へと左遷されてしまったのです。居宅の梅に別れを惜しんで 
「こち吹かば 匂いおこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」
と詠んで都を去ったそうです。その道真候の愛した梅が、あるじを慕って京都から太宰府に飛んできたという”飛び梅”の伝説は有名ですね。候は、太宰府に赴任して2年後に無念の思いを残しつつ亡くなりました。門弟によってその墓所に立てられたのが太宰府天満宮で、候が愛でた梅を社紋としたのです。外にも北野天満宮、湯島天神、亀戸天神、防府天満宮など天神様をお祀りする神社(参考資料:梅花紋のある神社)は梅を社紋として用いています。⇒イメージを見る

ところで、大河ドラマ「利家とまつ」の加賀百万石前田家は菅原道真の子孫を称しています。その系譜には幾つかの説がありますが、いまだ考証の待たれる所のようです。
梅鉢紋   星梅紋
前田利家というと「加賀梅鉢」(剣梅鉢)が有名ですが、利家の時代には
「星梅鉢」と五七桐紋という紋を使用していたと言われています。太閤秀吉から授かったという五七桐紋は余り使わず、むしろ星梅紋に統一しようとしていたようです。後に加賀藩内をはじめ各地に建立したたくさんの寺社に梅鉢紋が使われていることからその力の入れ具合がよくわかります。⇒イメージを見る

そして加賀の支藩である、大聖寺藩や富山藩は細部を変更した独自の「大聖寺梅鉢」「富山梅鉢」を作っています。さてどの梅鉢紋の効能があるのかそれぞれの神社を訪ねてみるのも方法かもしれません。霊験あらたかで夢がふくらみそうですね。

梅

<参考文献>
*家紋大図鑑 秋田書店 監修:樋口清之 著者:丹羽基二
*家紋逸話辞典 立風書店 丹羽基二 

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